2026-04-21

“世にも奇妙な” 大血川 16




白岩山(1921m)


「後白岩」とか「向ゥ白岩」と云われる。



これには、


①現 妙法ヶ岳が白岩山と呼ばれていた(前述)伝えに対する


“後ろの” “向こうの” 白岩という意



②大血川 西谷支沢 白岩谷(=ワレイワ沢)からの由来


白岩谷の頭→白岩山


とがある。




また


・前白岩山(1744m)は、



(後)白岩山にたいする【前】であろう。




大血川集落では、


西谷支沢の同名沢から取った

「鷹ノ巣山」


あるいは、

「法華岳」という別称もあり


同様の山岳信仰による派生だろう。




・霧藻ヶ峰(1523m)



昭和8年8月、故秩父宮の命名。




大血川称は、



①東斜面の黒い岩盤にちなんだ


「黒岩山」



白岩との色対照を感じとれるような名付である



②また風土記稿に

「蛭ヶ岳」との別名もある



大陽寺参道〜地蔵峠〜霧藻ヶ峰間では


雨季に蛙(蛭:ひる)が大発生し



これにちなむものだろう。



③ さらに大滝村誌では、



「大研山」と称し



「大研山 高サ四百五十丈 


登路 妙法ヶ嶽ヨリ登路アリ


今此所ハ大研山 蛭ヶ嶽ト云


三峯ノ宮ノ奥社ヲ岩上ニ祀ル」



と書かれてあるのは興味深い



“世にも奇妙な” 大血川 15


「雲採は本社の巽向七里半程、

御林山の内にあり、爱に石権現を祭り、小石祠を立つ」



神社から、巽=東南方角に7里半



この位置関係は


現 雲取山と考えて差し支えない。




【三峰】妙法ヶ岳〜白岩〜雲取


但し、山頂付近には

石祠跡ひとつとして、

現在は何も無い。




さらに通志では、


三峰の一峯として雲採を挙げるも


さらに【大雲取】を

別の山としても記述している。



前者は現白岩山に程近く



後者は(位置関係からみるに)

現雲取山とも考えうる。



秩父側では

(少数派ながら)


日原側にある現地名ではなく

芋ノ木ドッケを「小雲取」とも云う



これはもしかすると、

大雲取にたいする

呼び名「小」かもしれない。




奥ノ院を雲取に置くには


あまりに遠方ということで


後年、合祀し移転を定めたのが




【現 妙法ヶ岳=奥宮=“白岩の”中社】


だったのだろうか…



(あくまで想像の範疇である






2026-04-20

“世にも奇妙な” 大血川 14


風土記稿

「白岩山高四千尺、三峰神社の東凡そ一里‥」について


文意をそのままに捉えれば

現在の妙法ヶ岳(奥宮)と

高さ/方角/距離に近似し



石灰岩の露出が、

白岩の山名に相応しいのでないか

というものだ。



というのも、


現白岩山(通称 後白岩)付近に

小さな白い岩はあるものの

前白岩以来の薄暗き密林であり



“白岩”は、若干似合わないネーミングである。



むしろ、

現 妙法ヶ岳にみえる

白い巨岩壁こそ


“白岩”に相当するのではないかという考えだ。




現 奥宮のある妙法ヶ岳の石灰岩壁


また、


「妙法ヶ岳、三峰神社の東へ三里」

との記述もあるが


位置関係からして、おかしい。


(東に三里は、大血川右岸側まで来てしまう)




あるいは、これは

先の文(「白岩山〜」)と


互いの主語が逆さまになった

古書の間違いかもしれない。




原の考えでは、

三山一体としたいならば

現在の霧藻ヶ峰付近が

雲取山の位置となるはずだと

述べている。



しかし、これは記録によれば

大正15年 10月2日に、原は

三峰神社から雲取へ登っているが



道中、黒木立の頭に行き着いた際

大きな木札に“雲採山”

とあるのを見て



当初、そこが霧藻ヶ峰だと

判らなかったようである。



このような体験が左右している気もする‥(笑)



表にGPSも地図アプリもない時代


経験と伝聞と紀行文に

自分の分身が溶け込む


それは、むしろ

羨ましい(裏山しい)ものである



現妙法ヶ岳から見た霧藻ヶ峰〜白岩山



つづく