風土記稿
「白岩山高四千尺、三峰神社の東凡そ一里‥」について
文意をそのままに捉えれば
現在の妙法ヶ岳(奥宮)と
高さ/方角/距離に近似し
石灰岩の露出が、
白岩の山名に相応しいのでないか
というものだ。
というのも、
現白岩山(通称 後白岩)付近に
小さな白い岩はあるものの
前白岩以来の薄暗き密林であり
“白岩”は、若干似合わないネーミングである。
むしろ、
現 妙法ヶ岳にみえる
白い巨岩壁こそ
“白岩”に相当するのではないかという考えだ。
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| 現 奥宮のある妙法ヶ岳の石灰岩壁 |
また、
「妙法ヶ岳、三峰神社の東へ三里」
との記述もあるが
位置関係からして、おかしい。
(東に三里は、大血川右岸側まで来てしまう)
あるいは、これは
先の文(「白岩山〜」)と
互いの主語が逆さまになった
古書の間違いかもしれない。
原の考えでは、
三山一体としたいならば
現在の霧藻ヶ峰付近が
雲取山の位置となるはずだと
述べている。
しかし、これは記録によれば
大正15年 10月2日に、原は
三峰神社から雲取へ登っているが
道中、黒木立の頭に行き着いた際
大きな木札に“雲採山”
とあるのを見て
当初、そこが霧藻ヶ峰だと
判らなかったようである。
このような体験が左右している気もする‥(笑)
表にGPSも地図アプリもない時代
経験と伝聞と紀行文に
自分の分身が溶け込む
それは、むしろ
羨ましい(裏山しい)ものである
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| 現妙法ヶ岳から見た霧藻ヶ峰〜白岩山 |
つづく

