2026-04-20

“世にも奇妙な” 大血川 14


風土記稿

「白岩山高四千尺、三峰神社の東凡そ一里‥」について


文意をそのままに捉えれば

現在の妙法ヶ岳(奥宮)と

高さ/方角/距離に近似し



石灰岩の露出が、

白岩の山名に相応しいのでないか

というものだ。



というのも、


現白岩山(通称 後白岩)付近に

小さな白い岩はあるものの

前白岩以来の薄暗き密林であり



“白岩”は、若干似合わないネーミングである。



むしろ、

現 妙法ヶ岳にみえる

白い巨岩壁こそ


“白岩”に相当するのではないかという考えだ。




現 奥宮のある妙法ヶ岳の石灰岩壁


また、


「妙法ヶ岳、三峰神社の東へ三里」

との記述もあるが


位置関係からして、おかしい。


(東に三里は、大血川右岸側まで来てしまう)




あるいは、これは

先の文(「白岩山〜」)と


互いの主語が逆さまになった

古書の間違いかもしれない。




原の考えでは、

三山一体としたいならば

現在の霧藻ヶ峰付近が

雲取山の位置となるはずだと

述べている。



しかし、これは記録によれば

大正15年 10月2日に、原は

三峰神社から雲取へ登っているが



道中、黒木立の頭に行き着いた際

大きな木札に“雲採山”

とあるのを見て



当初、そこが霧藻ヶ峰だと

判らなかったようである。



このような体験が左右している気もする‥(笑)



表にGPSも地図アプリもない時代


経験と伝聞と紀行文に

自分の分身が溶け込む


それは、むしろ

羨ましい(裏山しい)ものである



現妙法ヶ岳から見た霧藻ヶ峰〜白岩山



つづく