峠には、ウラとオモテがある
([峠]:一説には大陸向こうから入ってきた
“漢字”ではないようで
室町以降のこの国の漢字らしい)
山脈の一方はなだらかで、
反対は険阻である。
峠路をいけば
その土地々の初期の経済体系がわかる
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川に沿い、山の稜線へたどり着き
そこから降りるなら
麓の平地に目標をつけ
目印にしながら下る
秩父全体が裏側と言って過言でない
峠の裏側の流通網は
ヒトもモノも太古から、
passive受け身であった。
表側から多様な
新しい文化が流入する、その受皿
“浦” という地名にも垣間見える
秩父浦山、両神浦島、皆野浦山‥‥etc.
本来、海辺に在る浦の地は
モト(本・根幹)から起る末端・先端の意。
秩父地方では、しばしば
山集落を “島”(シマ)と呼び
「奴とは、シマが違う」などと
互いのテリトリーをめぐり言ったりする
古代や原始から
秩父が“陸の孤島”であったとみなせば
ウラは、山に昇った証であり
ウラは、山の集落が定着した証でありうる
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大血川のシマは、近接し
上流/下流の順に
各々を【沖/渡場】と呼ぶ。
これは(山を背に)
海方角を向いた名付でなく
深淵な森のほう、
樹海に向いた言葉である
シマから見た信仰の対象は
森の深いほう、山の頂を向いている
自然にたいして
常に受動的立場に立たされながら
環境に馴れ親しんだ跡がある
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| 大血川 渡場集落 |

