奥秩父大滝 大血川域(@Ravine of the Blood River)その山岳信仰について 胡乱な私考と日録
雲取山荘の前身である
【武州雲取小屋】は、
戦中・戦後に一階/二階建に拡張され
その後、“雲取山荘”と改称。
工事は1928(昭和三)年6〜7月
(実用化は8月上旬あたりか)
秩父鉄道(株)が新設を目的に
営林署と協議し、
主務は旅客課主任 吉田卯吉(浩堂)
(吉田/塚本閣治/町田立穂は
奥秩父の啓蒙先覚者トリオ)
工事請負は、大滝村大血川住民
渡場・沖 の両集落から
大陽寺と三峯社に関する伝え(5)私考
大陽寺と畠山重忠にまつわる話に触れたが
史実に基づくものではない。
第一にまず、時系列が正確でない。
だが重忠伝説は奥多摩・奥武蔵に
広く多様に残されてきた。
たとえ時代をすり替えても
ある時点でまた
反芻し、反復する
そのような歴史の地下水脈を
掘り当てる様な‥‥