大陽寺と三峯社に関する伝え(2)
『新(武蔵風土)記』の大陽寺伝
そこに(1)で示した寺沢の由来がある。
https://oochigawa-report.blogspot.com/2026/03/9.html?m=1
のエピソードには続きがあり
それと併せて要約すると
(髭僧)大師の前にある日現れた
蛇身の異形は
みずから秩父妙見宮と名乗る
力が弱り解脱できずにいるところを
大師の法力によって
蛇身を脱してもらう。
すると、その後
またしても異体の翁二人が訪れ
妙見宮と同じように
我々も施しを受けたいと言う
その通りに授けると回復し、
やがてこの者達が
三峯大権限と諏訪明神であるとわかった。
大師の徳への謝意として
御仁方は谷間から泉を湧き出させ、
枯れることなく今も流れているという。
ここにも、竜蛇信仰が垣間見えるが
またこれより後の時代
いわゆる畠山重忠出生のエピソードが
大陽寺にもある↓
あるとき、
大師が旅女とねんごろになった
やがて臨月を迎えたこの妻から
「産室を決して覗き見ないでください」
という掟をやぶると
大師の目の前に大蛇がとぐろ巻いて
尾に乗せた子をあやしていたそうな
(女の身許は諏訪湖 大蛇神の化身だった)
タブーを侵された妻は
大雲を呼びよせ空の彼方へ消えていった。
大蛇の子を置いておくわけにはいかず
大師は、子を川へ流すと
その赤子 大血川から荒川を下り
川本村畠山氏に拾われ
やがて重忠となった。
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伝えと史実をめぐる真偽はさておき
この山域谷間が里のように
農事が昔格別に盛んだったとも思わぬが
雨乞いでも農祀でもなければ
蛇神に象徴されるは、
何を意味するのだろうか?

