風土記稿
三峯山にまつわる
「山名ノ起リハ、雲採・白石・妙法ヶ嶽ノ三ツハ最モ高ク聳ヘタル峰ナレバトテ、即チコノ山ヲ称シテ三峯山トヨベリ」
との記載から想像される
ひとまとめの山容とは異なり、
三山間には隔たりがあり
稜線上、いくつもの隆起もある。
そこにある種の作為性を見出すのが
原 全教の考えである
原全教→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%85%A8%E6%95%99
『日本山嶽志』を見ても
雲取山と三峰山への案内を
別項目で分けている
・雲取山:多摩川側から行く登路
・三峰山:大滝村から山頂(神社)までの道
原は『奥秩父』にて
秩父志,三峰山大縁起,風土記稿,武蔵通志といった
代表的古書を総合しながら
神社は昔、天台宗 観音院であり
観音像の安置と
“妙法・法華教”との関連をふまえ
【現在の神社】が、妙法ヶ岳
【現在の奥ノ宮】が、白岩山
であった可能性を考察している。
(ex.「妙法ヶ岳は本社」
「中興道満は雲採山にて霊夢を感じ、十一面観世音を以って妙法本社へ合祀す」
「高三千尺、妙法ヶ岳」)
※3000尺とは、約990m
以下参考
雲取山2018m
白岩山1921m
霧藻ヶ峰1260m
妙法ヶ岳1329m
神社1060m
通志に書かれる「三山 鼎立」
とは果たして
どれを意味したのだろうか…?
つづく
