2026-03-16

“世にも奇妙な” 大血川 10


日原地方にも

“ひげそう” についての口碑が残る。


日原部落にて

杵で餅ひく音を煙たがられ


トヲリ谷を通り

大血川へ遷られた、との事。


大日向山大陽寺 東國女高野 髭僧大師の図



仮に、日原〜大血川へ踰す山路が

つけられていたのだとすれば‥



「酉」(とり)は、“通り”を表し


酉谷ノ峰=トヲリ谷ノ峰


ということになろう。




『郡村誌』をみれば


昔の日原から秩父郡への道は


浅間峠(仙元:せんげん)一本とある。


しかし、秩父浦山村へ踰すより



小川谷鍾乳洞から

クラボネ坂へ抜け

タワ尾根にからんで


トヲリ谷から

酉谷山頸部に登り


半転して大血川へ

降りていくルートはあり得る。






日原ー酉谷峠ー大血川峠


この道は、

たとえば栃本関所にみるような


四万十帯に被るなだらかな往還路の類いではない


https://www.chichibu-geo.com/geosite/bunka05/



むしろ、

仏像構造線(BTL:仏像-糸川線

沿い上がっていく様な険しきルートである



日原域 地層図



仏像構造線


そこには、


将門一党であれ

源平残党であれ

山行の徒であれ


隠遁、隠道、隠里


どれも峠の表に現れてこない

漂泊者の影の側面がある。



Der Wanderer und sein Schatten



“そなたは

来らざるをえない者の


影として

歩まねばならぬ‥‥”