2026-03-31

“世にも奇妙な” 大血川 12


狭い谷間に生まれ、育ち、

そこで生涯を閉じるような生き方をすると



(良し悪しあろうが)

多かれ少なかれ、

郷土意識に染まる



むしろ、自分を為す

生活世界の骨格が

郷土に張り付いた自己しかいない



その土着意識は、


“けっして離れまい”という

堅き意思か


“離れたくとも離れがたい”

宿命であるか


いずれであるかもわからない。



◯◯記念日というような

御上から与えられる祝祭ではない

常民の原信仰の姿ともいえる



擬死再生の儀礼伝承 

(ex.下久那の諏訪社祭礼)


などが象徴的な習俗であるが



人が生まれてから死ぬまで

個人々の範囲で

くぐり抜けていく行事は

この山間・盆地の中で80以上ある



平均年齢に均してみても

年に一回を超える祭礼・儀礼を

各々通過することになる



子が育ち山野をかけめぐる頃になると

お雛粥、花祭り、子ザサラ、虫送り、天王焼、etc.








大血川 地蔵堂の人形


様々なカリキュラムを経て

自力で煮炊を覚えながら

自然を知り


遊びのなかで

耕地で生きる心構えを身につけていく


そうしてやがて若衆の仲に入っていく



かつて、その様な習俗が

たしかに存在していた。


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とんとある話、


あったか無かったか知らねども


昔のことなれば、無かったこともあったにして


聴かねばならぬ。 よろしいか ”



‥‥祖母が

土地にまつわる傳えを

言い聞かせるとき



時代の変遷を

今の生活風景と見比べ


また繰り言の説法かと

孫は聞き流しているも



そこには、言い顕しようのない

凍りつくような深淵が

背後にそびえる‥



畏敬の念を持って

それに耳を傾けようか


心の内であしらい、

笑おうものか



どちらが相応しきか


やがて、いよいよ、

しだいにわからなくなる。



年長者の語る過去に

現在を見、


自ずから

未来を見ることになる。



Riverrun,

川走の時間と記憶


A river runs through it.






2026-03-23

“世にも奇妙な” 大血川 11


峠には、ウラとオモテがある


([峠]:一説には大陸向こうから入ってきた

“漢字”ではないようで

室町以降のこの国の漢字らしい)


山脈の一方はなだらかで、

反対は険阻である。


峠路をいけば

その土地々の初期の経済体系がわかる





川に沿い、山の稜線へたどり着き


そこから降りるなら

麓の平地に目標をつけ

目印にしながら下る



秩父全体が裏側と言って過言でない



峠の裏側の流通網は

ヒトもモノも太古から、

passive受け身であった。



表側から多様な

新しい文化が流入する、その受皿



“浦” という地名にも垣間見える


秩父浦山、両神浦島、皆野浦山‥‥etc.


本来、海辺に在る浦の地は

モト(本・根幹)から起る末端・先端の意。



秩父地方では、しばしば

山集落を “島”(シマ)と呼び



「奴とは、シマが違う」などと

互いのテリトリーをめぐり言ったりする



古代や原始から

秩父が“陸の孤島”であったとみなせば



ウラは、山に昇った証であり

ウラは、山の集落が定着した証でありうる


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大血川のシマは、近接し


上流/下流の順に


各々を【沖/渡場】と呼ぶ。




これは(山を背に)

海方角向いた名付でなく



深淵な森のほう、

樹海に向いた言葉である



シマから見た信仰の対象は

森の深いほう、山の頂を向いている



自然にたいして

常に受動的立場に立たされながら

環境に馴れ親しんだ跡がある



大血川 渡場集落